2026年9月2日
抹茶って、そもそも何?|覆いをかけた畑から石臼までの5工程を、はじめての方にやさしく解説

抹茶は、いま世界じゅうにあります。ラテにも、アイスにも、チョコレートにも、キットカットにも。
でも、こう聞かれると、意外と答えられません。
「抹茶って、そもそも何ですか」
「緑茶を粉にしたもの」——半分は当たっていますが、半分はちがいます。緑茶を粉にしただけのものには、ちゃんと別の名前があるからです。
抹茶を抹茶にしているのは、味でも色でもなく、作り方です。今日はその作り方を、はじめから終わりまで、順番に見ていきましょう。
この記事でわかること
- 抹茶の定義——ひとことで言うと何なのか
- 畑に覆いをかける理由。なぜ日光を遮るのか
- 煎茶との決定的な分かれ道は「揉むか、揉まないか」
- 碾茶(てんちゃ)という、抹茶の一歩手前
- 石臼で挽く。1時間に40グラムという話
- 濃茶と薄茶は、じつは同じ粉
- 「抹茶味」のものは、全部が抹茶ではない
- 2022年、世界に「抹茶とは何か」の定義ができた
先に結論——抹茶とは何か
日本茶の業界団体である日本茶業中央会が出している「緑茶の表示基準」では、抹茶はこう定義されています。
碾茶(てんちゃ)を茶臼等で微粉末状に製造したもの
では碾茶とは何か。同じ基準に、こうあります。
摘採期前に棚施設等を利用して茶園をよしず、コモ、寒冷紗などの被覆資材で2〜3週間程度覆った「覆下茶園」から摘採した茶葉を蒸熱し、揉まないで碾茶炉等で乾燥させて製造したもの
ずいぶん細かい。でもこの細かさが、そのまま答えになっています。抹茶は「こういう育て方をして、こういう作り方をしたもの」という、手順の名前なのです。
やさしく言いなおすと、こうなります。
日光をさえぎって育てた茶葉を、蒸して、揉まずに乾かして、石臼で挽いた粉。
ここから、ひとつずつ見ていきます。
1. 畑に、覆いをかける
抹茶の話は、飲む何週間も前、畑から始まります。
摘みとりの2〜3週間ほど前になると、茶畑の上に棚が組まれ、よしず(葦のすだれ)や藁、いまは寒冷紗(かんれいしゃ・薄い黒い布)で覆いがかけられます。日光をさえぎるためです。こうして育てた畑を覆下茶園(おおいしたちゃえん)と呼びます。
なぜ、わざわざ日を当てないのか。
ここに、お茶のいちばん面白い仕組みがあります。京都府茶業研究所の解説によれば、こういうことです。
テアニンは茶の根で合成され、それが葉に溜まります。日光を受けるとテアニンは渋味成分であるカテキンへ変化します。
テアニンというのは、お茶の旨みのもとになるアミノ酸です。それが根で作られて、葉にのぼってくる。ところが葉が日光を浴びると、そのテアニンがカテキン——渋みのもと——に変わっていってしまう。
だから、覆う。同研究所は続けてこう書いています。
被覆をするとカテキンへの変化が抑制され、旨味が多く渋味の少ない良質のお茶となります
覆いをかけるというのは、つまり旨みが渋みに変わるのを、途中で止めているということです。あの、抹茶を口にふくんだときの甘みに近い濃さ。あれは畑で作られています。
そして、日を当てずに育った葉は、色が濃くなります。抹茶のあの緑も、ここで決まります。
この覆い、いつから?
正直に書くと、はっきりしていません。
ポルトガル人宣教師ジョアン・ロドリゲスが記した『日本教会史』には、16世紀後半の宇治で茶園に覆いをかけていた様子が書かれています。一方、宇治市の古い茶園の土壌を調べた研究では、15世紀前半にはすでに覆下栽培が行われていたと推定されています。
また、そもそもの目的も、旨みのためではなく春の霜から新芽を守るために始まったのではないか、とも言われます。
いずれも諸説あるところです。ただ、少なくとも数百年、この覆いは続いてきました。
2. 蒸す
摘んだ葉は、すぐに蒸されます。裏千家の解説には、こうあります。
摘んだ茶葉をムラのないように蒸気で蒸します
これは日本の緑茶に共通する工程です。蒸すことで葉の酸化が止まり、緑がそのまま留まります。摘んだままにしておくと葉は酸化していき、やがて紅茶やウーロン茶の方向へ進んでいく。緑茶が緑なのは、この蒸すという一手のおかげです。
ちなみに中国の緑茶は、蒸すのではなく釜で炒って酸化を止めるのが主流です。同じ緑茶でも、止め方がちがいます。
3. 揉まない——ここが分かれ道
ここが、いちばん大事なところです。
ふつうの緑茶——煎茶(せんちゃ)——は、蒸したあとに何時間もかけて葉を揉みます。揉むことで葉の組織がこわれ、細長い針のような形になり、お湯を注いだときに成分がすっと出るようになる。煎茶づくりの中心は、この「揉む」という作業です。
碾茶は、それをしません。裏千家の解説にはこうあります。
茶葉を揉まないですぐに乾燥させます
揉まないので、葉はぺらぺらの、ほとんど元の形のまま乾いていきます。ぱりぱりの、乾いた大きな葉っぱ。それが碾茶の姿です。
なぜ揉まないのか。あとで粉にするからです。お湯で成分を出すのではなく、葉ごと全部を粉にして飲んでしまう。だったら、揉んでおく必要がない。
ここが、煎茶と抹茶の分かれ道です。お湯に成分を出して、葉は捨てるのが煎茶。葉そのものを飲んでしまうのが抹茶。そのちがいが、この「揉むか、揉まないか」に現れています。
4. 茎と葉脈を取りのぞく
乾いた葉から、茎と葉脈——葉の筋の部分——を取りのぞきます。裏千家の解説では、この工程をこう書いています。
茎や葉脈などを取り除き、柔らかな茶葉だけにします
そうしてやわらかい部分だけになったものを仕上碾茶(しあげてんちゃ)と呼びます。
筋を残したままだと、挽いても粉が粗くなり、口に舌ざわりが残ります。抹茶のあのなめらかさは、この地味な選別に支えられています。
5. 石臼で挽く
そして最後に、碾茶を石臼で挽きます。
仕上碾茶を石臼で挽き、抹茶になります
ここではじめて「抹茶」という名前がつきます。それまでは、ずっと碾茶です。
この石臼が、また、ゆっくりです。宇治の茶商・祇園辻利は、自社の石臼挽きについて「1時間わずか40グラム」と書いています。
40グラムというのは、薄茶にして20杯ぶんほど。1時間かけて、それだけです。
なぜ急がないのか。速く回すと摩擦で熱が生まれ、その熱が香りを飛ばしてしまうからだと説明されます。抹茶のあの、封を切ったときの青い香り。それを守るために、臼はゆっくり回ります。
ついでに書いておくと、「抹」という字は「すりつぶす」という意味です。碾茶の「碾」も、挽くこと。抹茶も碾茶も、名前そのものが「粉にする」と言っています。
濃茶と薄茶は、同じ粉
お茶室で出てくる抹茶には、濃茶(こいちゃ)と薄茶(うすちゃ)の二つがあります。
とろりと濃く、正式な茶事の中心になるのが濃茶。さらりと軽く、私たちが「抹茶」と聞いて思いうかべるのが薄茶です。
この二つ、別々の茶葉から作られていそうですが、そうではありません。裏千家の解説には、こうあります。
製法に違いはなく、同じように石臼で挽いて作られます
ちがうのは、量です。
- 濃茶……一人あたり一匁(いちもんめ・約3.75グラム)ほどの抹茶に、適量適温の湯
- 薄茶……茶碗に五分(約1.8グラム)ほどの抹茶に、湯
倍ちがいます。濃茶は「点てる」というより「練る」と言われるとおり、泡立てずに、少ない湯でとろりと練りあげます。薄茶は茶筅でさっと泡立てます。
同じ粉が、量と扱いだけで、まったく別の飲みものになる。抹茶のおもしろいところです。
(ただし、濃茶に使うのは高級な茶葉——若く、覆いを長くかけた葉——を選ぶのがふつうです。工程が同じ、という話です。)
「抹茶味」は、全部が抹茶ではない
ここまで読むと、想像がつくかもしれません。
市販の緑色の粉には、粉末緑茶(ふんまつりょくちゃ)と呼ばれるものがあります。これは煎茶を粉にしたもの。覆いをかけていない葉を、揉んで、乾かして、粉にしたものです。
おいしくないという話ではありません。カテキンが多く、お湯にさっと溶けて、日常に向いています。ただ、抹茶とは別のものです。育て方から違います。
飲みものやお菓子で「抹茶味」と書かれているものの中身は、本物の抹茶のこともあれば、粉末緑茶のことも、着色のこともあります。パッケージの原材料表示を見ると、「抹茶」と書いてあるか「緑茶」と書いてあるかで、だいたい見分けがつきます。
これは「偽物を見破りましょう」という話ではありません。ただ、あの独特の濃い旨みが、畑に何週間も覆いをかけ、石臼を1時間回してようやく40グラムという手間の先にあるのだと知っておくと、次に飲む一杯が、少し違って感じられるかもしれません。
2022年、世界に「抹茶の定義」ができた
最後に、新しい話をひとつ。
海外で抹茶の人気が高まるにつれ、ひとつの問題が起きていました。「抹茶とは何か」という国際的なとりきめがなかったため、まったく品質の異なる製品が、どれも「Matcha」として流通していたのです。
そこで日本の農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)などが動き、2022年4月、国際標準化機構から技術報告書が発行されました。
ISO/TR 21380:2022 Matcha tea — Definition and characteristics
ここには抹茶の歴史、原料である碾茶の栽培と加工、碾茶から抹茶にする方法、品質の要点が書かれています。遮光して育てること、専用の碾茶機で作ること、石臼で細かく挽くこと——この記事で見てきた工程が、そのまま国際的な文書になりました。
つまり、世界に向けて「抹茶とは、こういう作り方をしたものです」と言えるようになった、ということです。
味の好みを決めた文書ではありません。ただ、覆下茶園から石臼までの手順が、抹茶を抹茶にしている——それが正式に共有された。数百年続いてきた手つきが、そんなふうに認められたのは、なんだか気持ちのいい話だと思います。
おわりに
もう一度、はじめから。
- 摘む2〜3週間前から、畑に覆いをかける(旨みが渋みに変わるのを止める)
- 摘んだ葉を、蒸す(酸化を止める。緑が残る)
- 揉まずに乾かす(あとで粉にするから)
- 茎と葉脈を取りのぞく(ここまでが碾茶)
- 石臼でゆっくり挽く(1時間に40グラム。ここで抹茶になる)
茶碗に入っているのは、ほんの1.8グラムの粉です。けれど、そこに至るまでに数週間の覆いと、揉まないという選択と、ゆっくり回る石臼があります。
次に抹茶を飲むとき、いちど、湯を注ぐ前の粉を見てみてください。あの濃い緑は、日を当てなかった色です。
それだけ知っていると、たぶん、いつもの一杯が少し変わります。
参考にした情報
- 裏千家 公式サイト「はじめてのお茶」/「抹茶のできるまで」(覆下茶園・蒸す・揉まない乾燥・碾茶・石臼/濃茶約3.75g・薄茶約1.8g・製法に違いはない)
https://www.urasenke.or.jp/textb/shiru/beginer/ - 京都府 茶業研究所「テアニンについて」(テアニンは根で合成され葉に溜まる/日光でカテキンへ変化/被覆で抑制)
https://www.pref.kyoto.jp/chaken/teanin.html - 日本茶業中央会「緑茶の表示基準」による碾茶・抹茶の定義(伊勢抹茶株式会社の解説ページ経由で確認)
https://isematcha.co.jp/tentya/ - 農研機構 プレスリリース「(研究成果)抹茶の定義に関する技術報告書がISOより発行」(2022年4月11日/ISO/TR 21380:2022/国際規格がなかった背景)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nifts/152224.html - ISO/TR 21380:2022 Matcha tea — Definition and characteristics(2022年発行)
https://www.iso.org/standard/80777.html - 祇園辻利「宇治抹茶」(石臼挽き/1時間わずか40グラム)
https://www.giontsujiri.co.jp/ujicha/matcha/ - お茶百科(伊藤園)「抹茶・てん茶」(てん茶を石臼あるいは微粉砕機で挽いたものが抹茶/被覆栽培)
https://www.ocha.tv/varieties/nihoncha_varieties/maccha/ - 覆下栽培の歴史(『日本教会史』の16世紀後半の記述/宇治市の茶園土壌研究による15世紀前半説/霜害よけ起源説)
https://ja.wikipedia.org/wiki/覆下栽培
製法の細部は産地・製造者によって異なります。覆下栽培の起源については諸説あり、この記事では確定した説として扱っていません。