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2026年10月9日

「生きがい」とは?|4つの円の図は2014年生まれ——日本の生きがいは、もっと小さくて、いくつあってもいい

「生きがい」とは?|4つの円の図は2014年生まれ——日本の生きがいは、もっと小さくて、いくつあってもいい

海外の本やSNSで、「IKIGAI」という言葉と一緒に、4つの円が重なった図を見たことはありませんか。

「好きなこと」「得意なこと」「世界が必要としていること」「お金になること」。その4つが重なる真ん中が、あなたの生きがいです——という図です。

わかりやすくて、前向きな図です。ただ、日本語で「生きがい」と言うとき、ふだん思い浮かべているものとは、少し形が違います。今日は、その違いをそっと見てみます。

この記事でわかること

  • 「生きがい」は、どんな言葉なのか(「がい」の正体)
  • 4つの円の図は、どこで、どうやって生まれたのか
  • 日本で暮らす人にとっての生きがいは、もっと小さくて、ばらばらでいいこと
  • 生きがいと長生きの関係について、わかっていること・わかっていないこと
  • 今日、生きがいにそっと触れる方法

「生きがい」は「生き」+「甲斐(かい)」

国語辞典『デジタル大辞泉』は、生きがいを「生きるに値するもの。生きていくはりあいや喜び」と説明しています。

うしろの「がい」は、「甲斐(かい)」です。辞書では、行動の結果としてあらわれるしるし、努力した効果、期待できるだけの値うちのこと。「やった甲斐があった」の「甲斐」ですね。

この「かい」は、動詞のうしろに付いて、いろいろな言葉をつくります。

  • 働きがい——働くことの張り合い
  • やりがい——やることの手ごたえ
  • 教えがい——教えて伸びてくれる、うれしさ

同じ並びで、生きがい=生きていることへの手ごたえ。大きな目標というより、「今日も生きてよかったな」と感じさせてくれる張り合いのことです。

4つの円の図は、2014年のブログから

では、あの4つの円の図はどこから来たのでしょう。

出どころは、日本ではありません。2014年5月、マーク・ウィン(Marc Winn)さんというブロガーが、自分のブログに「What’s your ikigai?」という記事を書きました。長寿についての講演(ダン・ビュイトナーさんのTEDトーク)で「ikigai」という言葉を知ったのがきっかけでした。

そのときウィンさんが使ったのは、もともと「Purpose(目的)」をテーマにした4つの円の図でした。スペインのアンドレス・ズズナガさんが2011年ごろに作ったとされる図です。その真ん中の一語を、「ikigai」に差し替えたのです。

記事は世界中に広まり、図はいまも数えきれないほど転載されています。のちにウィンさん自身が、2017年のブログでこう振り返っています。

「わたしがしたのは、図の上の言葉を一つ変えただけだった」(筆者訳)

図そのものが悪いわけではありません。仕事やキャリアを考える道具としては、とても役に立ちます。ただ、それは「目的(purpose)」の図であって、日本語の「生きがい」の説明として生まれたものではない、ということです。

日本の「生きがい」は、もっと小さくて、ばらばらでいい

日本で「あなたの生きがいは?」と聞くと、返ってくる答えはたとえばこうです。

  • 孫の成長を見ること
  • 朝いちばんのコーヒー
  • 週末に畑で野菜を育てること
  • 推しのライブに行くこと

お金になるとは限りません。上手である必要もありません。世界の役に立っているかどうかも、あまり関係がありません。4つの円が全部そろう必要は、どこにもないのです。

脳科学者の茂木健一郎さんは、英語で生きがいの本を書いた人ですが、海外のインタビューで4つの円の図について、それでは生きがいの定義として狭すぎると話しています。欠かせないのは「好きであること」くらいで、たとえカラオケが下手でも、好きならそれは生きがいになりうる、と。

「生きがい」を考えつづけた人——神谷美恵子

日本で「生きがい」という言葉を深く考えた本として、よく名前が挙がるのが、精神科医・神谷美恵子(1914〜1979)の『生きがいについて』(みすず書房、1966年)です。

神谷さんは、瀬戸内海の島にあるハンセン病療養所・長島愛生園で、長く患者さんの診療にあたりました。病によって多くのものを奪われた人たちのそばで、「人は何によって生きていけるのか」を考えつづけ、その思索をまとめたのがこの本です。

この本を読み解いた研究によれば、神谷さんは、生きがいを感じるときの喜びを「理屈よりも先に来る喜び」のように表しています。また、生きがいの感覚は幸福感よりも「未来」に向かうものだ、という比較もしています。

いまが満たされているかどうか、だけではない。明日もまたやってみたい、と思えること。生きがいの「がい(甲斐)」が、やったことの手ごたえだったことと、ちゃんとつながっています。

生きがいと長生き——わかっていること、いないこと

生きがいは、長寿の話と一緒に語られることもよくあります。日本には、実際にそれを調べた研究があります。

東北大学のグループは、1994年に宮城県の大崎保健所管内に住む40〜79歳の約4万3千人に、「生きがいがありますか」とたずね、その後7年間を追いかけました。すると、「生きがいがない」と答えた人は、「ある」と答えた人にくらべて、亡くなるリスクが約1.5倍でした(年齢や健康状態などの影響を調整したうえでの比較)。2008年に論文として発表されています。

ただし、これは「生きがいを持てば長生きする」と証明したものではありません。観察した結果、そういう関係が見られた、ということです。体の調子がよいから生きがいを感じやすい、という逆向きの関係もありえます。生きがいは、長生きのための道具ではない——そう受けとっておくのがいちばん正直だと思います。

今日、生きがいにそっと触れるには

一つめ。「〜がい」を探してみる。「作りがいがある料理」「待ちがいがあった電車」。日常のなかに、小さな「甲斐」はけっこう落ちています。

二つめ。明日も、またやりたいことを一つ書く。大きな夢でなくてかまいません。「あのパン屋にまた行く」でじゅうぶんです。神谷さんの言う「未来に向かう」感覚は、たぶんそのくらいの大きさから始まります。

三つめ。答えが一つでなくていい、と思っておく。4つの円の真ん中に、たった一つの正解を探さなくていい。生きがいは、いくつあっても、季節によって変わってもいいものです。

おわりに

4つの円の図は、「たった一つの生きがいを見つけよう」と語りかけてきます。でも日本語の生きがいは、もっとささやかです。

生きていることに、手ごたえを感じさせてくれるもの。それは毎日のなかに、いくつも散らばっていていい。

一度きりの出会いを大切にする一期一会や、移ろうものに心が動く物の哀れと同じように、生きがいも、ふだんの暮らしのなかで気づくものなのかもしれません。

今夜、寝る前に。明日ちょっと楽しみなことを、ひとつだけ思い浮かべてみてください。それが、あなたの今日の生きがいです。

参考にした情報

  • コトバンク「生き甲斐」(『デジタル大辞泉』:生きるに値するもの。生きていくはりあいや喜び)
    https://kotobank.jp/word/%E7%94%9F%E3%81%8D%E7%94%B2%E6%96%90-430030
  • コトバンク「甲斐」(『デジタル大辞泉』:行動の結果として現れるしるし。努力した効果/期待できるだけの値うち。接尾語的に動詞の連用形に付き「生き甲斐」「働き甲斐」など)
    https://kotobank.jp/word/%E7%94%B2%E6%96%90-456608
  • Marc Winn「Meme Seeding」The View Inside Me(2017年10月25日:2014年のikigaiのブログ記事で、「purpose」のベン図とダン・ビュイトナーのikigaiの考えを合わせた/図の言葉を一つ変えただけだった)
    https://theviewinside.me/meme-seeding/
  • Ikigai Tribe(Nicholas Kemp)「Ikigai Misunderstood and the Origin of the Ikigai Venn Diagram」(ウィンの原記事は2014年5月14日「What’s your ikigai?」/元の図はアンドレス・ズズナガの Purpose Venn Diagram〈2011〉)
    https://ikigaitribe.com/?p=1348
  • Ikigai Tribe「Ken Mogi on what makes the Ikigai Venn Diagram Wrong」(茂木健一郎:4条件すべてを求めるのは定義として狭すぎる/必要なのは好きであること)
    https://ikigaitribe.com/?p=8292
  • 国立国会図書館サーチ『生きがいについて』神谷美恵子著、みすず書房、1966年4月
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/en/books/R100000038-I942995
  • 堀薫夫・今井真子「神谷美恵子の『生きがい』論の生成過程」『生きがい研究』第22号(長寿社会開発センター)(神谷の生きがい感=「理屈よりも先に来る喜び」、長島愛生園での勤務、ほか同号の論考で神谷〈1966〉の幸福感と生きがい感の比較:生きがい感は幸福感よりも「未来」に向かう)
    https://nenrin.or.jp/ikigai/ikigaikenkyu/pdf/kenkyu022.pdf
  • Sone T, et al. “Sense of life worth living (ikigai) and mortality in Japan: Ohsaki Study.” Psychosomatic Medicine 70:709-715, 2008(藤田医科大学 研究者データベース)
    https://pure.fujita-hu.ac.jp/en/publications/sense-of-life-worth-living-ikigai-and-mortality-in-japan-ohsaki-s/
  • 東北大学 研究紹介(大崎保健所管内1市13町、40〜79歳43,391人、1994年9〜12月調査、7年追跡、生きがいのない群の全死亡ハザード比1.5)
    https://id3410.securedata.net/jouhoukoukai/rr/rcn/20080908_01.php

4つの円の図の元になった「Purpose Venn Diagram」の作者と制作年(アンドレス・ズズナガ、2011年)は、研究者ニコラス・ケンプ氏の調査にもとづくもので、本記事では一次資料を直接確認できていません。神谷美恵子の言葉は原著ではなく研究論文での引用から紹介しています。大崎研究は観察研究であり、生きがいと寿命の因果関係を示すものではありません。