2026年9月3日
9月9日は何の日?|五節句でいちばん忘れられた「菊の節句」を、はじめての方にやさしく解説

1月7日、3月3日、5月5日、7月7日。
ここまでは、たいていの人が言えます。七草がゆ、ひなまつり、こどもの日、七夕。
では、9月9日は。
おそらく、ほとんどの方が首をかしげます。けれどこの日にも、ちゃんと名前があります。重陽(ちょうよう)の節句。別名を菊の節句といいます。五節句のいちばん最後、そしていちばん忘れられた節句です。
今日はこの「忘れられたほう」の話を、少しだけしてみたいと思います。忘れられた理由がわかると、じつはまだ終わっていないことも、見えてきます。
この記事でわかること
- 「重陽」という名前の意味——なぜ9月9日なのか
- なぜ、菊なのか
- 中国から伝わった、ひとつの言い伝え
- 平安時代の「菊の着せ綿」と、紫式部が書き残した朝のこと
- なぜ日本では、ここまで忘れられたのか
- それでも残っているもの(京都の神社、九州の「くんち」、後の雛)
- 同じ9月9日を、台湾はいまも過ごしていること
- 今年の9月9日に、ひとりでできるいちばん小さな重陽
「重陽」という名前の意味
むずかしそうな字ですが、意味はとてもすなおです。
古い中国の考え方では、奇数を陽(よう)の数、偶数を陰(いん)の数と見ます。奇数のほうが縁起がよいとされ、そのいちばん大きい数が9です。
その9が、月にも日にも重なる。だから「陽が重なる」=重陽。
五節句の日付をならべてみると、この考え方がそのまま見えます。
- 1月7日 人日(じんじつ)——七草がゆ
- 3月3日 上巳(じょうし)——ひなまつり
- 5月5日 端午(たんご)——こどもの日
- 7月7日 七夕(しちせき)——たなばた
- 9月9日 重陽(ちょうよう)——菊の節句
3・5・7、と奇数がならんで、9で終わります。重陽は、その列のいちばん端。数のうえでは、いちばんめでたい日のはずでした。
なぜ、菊なのか
重陽が「菊の節句」と呼ばれるのは、この日の主役が菊だからです。
菊は昔から、不老長寿を象徴する花として大切にされてきました。秋のおそくまで咲き、香りが強く、薬草としても使われてきた花です。国土交通省が観光案内のために作った解説文にも、こう書かれています。
この日は、古くから長寿と厄除けを象徴する菊と関連付けられてきました
だから重陽にすることは、いつも同じ方向を向いています。菊を飾る。菊を浮かべた酒を飲む。菊の露で身体を拭く。どれも「長く、健やかに生きられますように」という願いのかたちです。
ひなまつりが子どもの成長を願う日なら、重陽は大人が、これからも元気でいられますようにと願う日。そう思うと、少し身近になります。
中国から伝わった、ひとつの言い伝え
重陽のもとは中国にあります。よく語られるのが、6世紀ごろの書物『続斉諧記(ぞくせいかいき)』に記されたお話です。
むかし、桓景(かんけい)という人が、師から「9月9日、あなたの家に災いが起きる」と告げられます。教えられたとおり、その日の朝、家族全員に茱萸(しゅゆ・グミに似た香りの強い実)の袋を持たせ、みなで高い場所へ登り、菊の酒を飲んで過ごしました。夕方に家へ帰ると、家畜がすべて死んでいた——という筋書きです。
これがもとになって、重陽の日には高いところへ登り(登高)、菊の酒を飲むという習わしが広まったと語られています。
ひとつ、正直に書いておきます。これはあくまで言い伝えであって、歴史上の出来事ではありません。『続斉諧記』は志怪(しかい)と呼ばれる、不思議な話を集めた書物です。それでも千数百年のあいだ語りつがれて、いまも中華圏で山に登る人がいる。お話が習慣をつくった、という点が面白いところです。
日本に来てからの重陽
この行事が日本に伝わった正確な時期は、はっきりしていません。平安時代の初めごろとされることが多く、奈良時代とする説もあります。ここは諸説あるところです。
ただ、平安時代の宮中で行われていたことは、はっきりしています。菊花の宴(きっかのえん)といって、天皇と臣下が集まり、菊を眺めながら詩歌をつくり、杯に菊の花びらを浮かべた酒を飲みました。
そしてもうひとつ、この時代の重陽には、とても静かで美しい風習がありました。
菊の着せ綿(きせわた)
やり方はこうです。
9月8日の夜、庭の菊の花に、真綿をふわりと被せておく。
ひと晩そのままにすると、綿は菊の夜露を吸い、菊の香りを移します。翌朝、その綿で顔や身体を拭く。そうすると老いが去り、長寿を保てる——そう信じられていました。
薬効の話としては、もちろん今の科学とは別のものです。けれど「花に綿を被せて、朝それで顔を拭く」という一連の動作そのものが、なんともいえず美しい。何かを飲むのでも、食べるのでもなく、ただ夜の空気ごと受けとるような行為です。
紫式部が書き残した、ある朝
この着せ綿については、『源氏物語』を書いた紫式部が、自身の日記に書き残しています。
九日、菊の綿を兵部のおもとの持て来て、「これ、殿の上の、とり分きていとよう、老い拭ひ捨てたまへと、のたまはせつる」とあれば
九月九日の朝、兵部のおもとという女房が、菊の綿を持ってやってきます。「これは奥さま(藤原道長の妻・倫子)から。とくに念入りに、老いを拭って捨ててしまいなさいませ、とのお言葉です」。
それに対して、紫式部はこう返しています。
菊の露わかゆばかりに袖ふれて花のあるじに千代は譲らむ
——菊の露には、袖が少し触れるくらいで十分です。千年の若さは、この花の持ち主さまにお譲りいたします。
返そうとしたけれど、使いの人はもう帰ってしまっていた、と日記は続きます。
この歌をどう読むかは、研究者のあいだでも意見が分かれます。奥ゆかしい辞退と読む人もいれば、かすかな皮肉を聞きとる人もいます。どちらにしても、千年前の9月9日の朝に、たしかに菊の綿が人から人へ渡っていた——そのことが、日記の中に残っています。
では、なぜ忘れられたのか
江戸時代、五節句は幕府が定めた公式の行事でした。重陽も、武家から町の人びとへと広がっていきます。菊を飾り、菊酒を飲み、栗ご飯を炊く。「栗の節句」という呼び名も、このころ広まったと説明されます。
それが、明治になって変わります。
1873年(明治6年)1月4日、太政官布告「五節ヲ廃シ祝日ヲ定ム」によって、五節句は公的な祝日ではなくなりました。同じ年、日本は暦を旧暦(太陰太陽暦)から新暦(太陽暦)へ切りかえています。
制度がなくなっても、ひなまつりも、こどもの日も、七夕も残りました。重陽だけが、するりと落ちてしまった。なぜでしょう。
よく説明されるのは、暦のずれです。
もともと重陽は旧暦の9月9日の行事でした。旧暦の9月9日は、新暦にすると10月中旬ごろにあたります。菊がいちばん美しく咲く季節です。
ところが新暦の9月9日は、まだ夏の名残りの中。菊の節句なのに、菊が咲いていない。主役の花がいない行事は、続けるのがむずかしかった——というわけです。
これは断定できる話ではなく、そう説明されることが多い、という程度に受けとってください。ただ、理由としてはとても腑に落ちます。ひなまつりの桃も七夕の笹も、ひと月ずれても季節は決定的にはこわれません。けれど菊は、咲いていないと、どうにもならないのです。
それでも、残っているもの
ここからが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。重陽は、なくなってはいません。
京都・上賀茂神社の重陽神事と烏相撲(からすずもう)
世界遺産の上賀茂神社では、いまも毎年9月9日に重陽神事が行われています。午前10時、神職の行列が本殿へ向かい、菊の花を神さまに供えて長寿と厄除けを願います。
そのあとが、少し変わっています。烏相撲といって、白い装束の男性ふたりがカラスの動きを真似て9回跳び、カラスの鳴き声を9回まねてから、近所の子どもたちが相撲をとる。この神社と八咫烏(やたがらす)の古い縁にちなむ神事とされています。
そして最後に、参拝者へ菊酒がふるまわれます。黄色い花びらの浮かんだ酒を、金色の鍋から小さな盃へ。千年前と同じことを、いまもしています。
九州の「くんち」
長崎くんち、唐津くんち、博多おくんち。九州各地の秋祭りは「くんち」と呼ばれます。
この名前は「九日(くにち)」から来ているという説があります。旧暦9月9日、つまり重陽の日の祭りだったから、というわけです。ほかに「供日(=収穫を供える日)」から来たとする説もあり、決着はついていません。それでも、九州でいちばん大きな秋祭りの名前に、9月9日が残っているかもしれない——そう思って見ると、少し景色が変わります。
後(のち)の雛
江戸の町では、9月9日にもう一度ひな人形を飾るという風習が生まれました。後の雛といいます。
3月3日にしまった人形を、半年後にまた出す。子どもの成長を願うためではなく、大人が長生きを願うために。同じ人形が、季節をまたいで違う意味を持つ。近ごろまた、この習わしを紹介するお店や施設が増えています。
同じ9月9日を、いまも過ごしている場所
もうひとつ、書いておきたいことがあります。
重陽が日本でほとんど忘れられているあいだも、中華圏では、この日はずっと生きていました。台湾では旧暦9月9日を重陽節として過ごします。
そして台湾では1974年に、重陽節が「敬老の日」として定められました。9が二つならぶ「九九」が、長く久しいという意味の「久久」と同じ音になる。だから、長寿を願う日は、お年寄りを敬う日になったのです。
いまも各地の県や市が、この日にお年寄りへお祝い金や記念品を贈ります。山に登り、菊の花の展示を見に行き、家族で食卓を囲む。台湾国際放送の日本語番組は、こう伝えています。
この日に高い所である山に登ることで、災いを避け、福を招くとされてきた
千数百年前の桓景の話が、そのまま続いているわけです。
同じ日を、片方は忘れ、片方は続けている。どちらが正しいという話ではありません。ただ、日本で重陽を思い出そうとするとき、すぐ隣にお手本があるというのは、なんだか心強い気がします。
今年の9月9日に、できるいちばん小さな重陽
むずかしい準備はいりません。ひとつでも十分です。
- 菊を一輪、飾る。花屋さんに小菊が並びはじめる時期です。テーブルに一輪あるだけで、その日は重陽になります
- 栗ご飯を炊く。「栗の節句」のほうを引き受けるやり方です。この時期、栗が出まわりはじめます
- 菊酒をまねてみる。日本酒に食用の菊の花びらをひとつまみ浮かべる。香りが移るまで少し待つ。必ず食用として売られている菊を使ってください。仏花や観賞用の菊は、食べるために作られていません
- 着せ綿をやってみる。前の晩、菊にコットンをふわりと載せておく。翌朝それで顔を拭く。効き目のためではなく、千年前と同じことをしてみるために
- 旧暦に合わせて、10月にやる。これがいちばん理にかなっています。菊がちゃんと咲いています
五節句のうち四つは、もうすっかり行事になりました。準備するもの、食べるもの、やるべきことが決まっています。
重陽だけが、まだ決まっていません。忘れられているぶんだけ、自由です。
おわりに
もう一度、まとめておきます。
- 9月9日は重陽の節句。五節句の最後で、いちばん大きな陽の数「9」が重なる日
- 主役は菊。不老長寿を願う花
- 平安の宮中では菊花の宴と着せ綿。紫式部の日記にも、その朝のことが残っている
- 明治6年に公的な節句ではなくなり、新暦では菊が咲かないこともあって、忘れられていった
- それでも上賀茂神社の神事、九州のくんち、後の雛のかたちで残っている
- 台湾では同じ日が敬老の日として、いまも続いている
今年の9月9日は、水曜日です。
その日、もし花屋さんの前を通ったら、菊を一輪だけ買ってみてください。それで千年ぶんの行事が、あなたの部屋で続きます。
参考にした情報
- 国土交通省 多言語解説文データベース「重陽神事、烏相撲」(9月9日/菊は長寿と厄除けの象徴/皇居での菊の露で湿らせた綿と菊の花びらの酒/午前10時の神事/烏相撲と八咫烏の伝説/菊酒のふるまい)
https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001558320.pdf - 一般社団法人 日本人形協会「重陽の節句(菊の節句)」(平安貴族への伝来/菊の宴/菊の被綿の手順/江戸の「後の雛祭り」)
https://www.ningyo-kyokai.or.jp/sekku/choyo - 『紫式部日記』原文(「九日、菊の綿を兵部のおもとの持て来て…」の段/返歌「菊の露わかゆばかりに袖ふれて花のあるじに千代は譲らむ」)
https://koten.blog/murasaki-shikibu-nikki-org/ - Wikipedia「節句」(江戸幕府による五節句の公的行事化/1873年〈明治6年〉1月4日 太政官布告「五節ヲ廃シ祝日ヲ定ム」による廃止)
https://ja.wikipedia.org/wiki/節句 - 台湾国際放送 Rti 日本語「台湾ミニ百科【“台湾版敬老の日”「重陽節」について】」(1974年に敬老の日として制定/旧暦9月9日/登高・敬老祝い金・菊の展示)
https://www.rti.org.tw/jp/programnews?uid=4&pid=89161 - 『続斉諧記』の桓景の説話(費長房の教えにより茱萸の袋を持ち登高し菊花酒を飲んだ/帰宅すると家畜が死んでいた)
https://www.epochtimes.com/b5/17/10/22/n9758786.htm - All About「重陽の節句・菊の節句とは?」(菊酒/着せ綿は9月8日の夜に綿を被せ翌朝その綿で拭う)
https://allabout.co.jp/gm/gc/220562/ - Wikipedia「くんち」(「九日」に由来するという説/「供日」説)
https://ja.wikipedia.org/wiki/くんち - 京都市公式 京都観光Navi「重陽神事と烏相撲【上賀茂神社】」
https://ja.kyoto.travel/event/single.php?event_id=4822
『続斉諧記』の桓景の話は言い伝えであり、歴史上の出来事として確認されたものではありません。重陽が日本に伝わった時期(平安初期説・奈良時代説)、新暦への移行が重陽の衰退を招いたという説明、「くんち」の語源については、いずれも定説があるわけではなく、この記事では確定した事実として扱っていません。神事の日程・内容は年によって変わることがあります。おでかけの前に主催者の情報をご確認ください。