2026年10月20日
針供養とは?|2026年は12月8日(火)。折れた針を豆腐やこんにゃくに刺して「おつかれさま」を言う日

2026年の針供養は、12月8日(火)。京都・嵐山の法輪寺などでこの日に行われます。東京・浅草寺のように2月8日(2027年は月曜日)に行うところもあります。
針供養(はりくよう)は、折れたり錆びたりして使えなくなった針に「おつかれさま」を言う日です。やわらかい豆腐やこんにゃくに古い針をそっと刺して、感謝と、これからの針仕事の上達を祈ります。
道具にお礼を言う。ちょっと不思議で、でもどこか分かる気もするこの行事を、はじめての方向けにやさしくほどいてみます。
この記事でわかること
- 針供養はいつ?——12月8日と2月8日、二つの日があるわけ
- どうして豆腐やこんにゃくに刺すのか
- 「事八日(ことようか)」と、針仕事を休む日
- 淡島(あわしま)さまと、針供養が広まった道すじ(諸説あり)
- 京都・法輪寺と東京・浅草寺の針供養
- 針を使わない人が、そっと加わるなら
針供養はいつ?
針供養の日は、2月8日か12月8日です。両方の日に行う土地もあれば、どちらか一方だけの土地もあります。
ブリタニカ国際大百科事典では、関西や九州では主に12月8日に行うことが多いとされています。実際、京都の法輪寺は2月8日と12月8日の両方、東京の浅草寺は2月8日に針供養を行っています。
どちらの日が正しい、ということはありません。暮らしている土地の、近くのお寺や神社の日に合わせればいいのだと思います。ちなみに俳句の季語としては「春」に分類されています(2月8日のほうですね)。
どうして豆腐やこんにゃくに刺すの?
針供養といえば、白い豆腐や大きなこんにゃくに、たくさんの針が刺さっている光景です。
法輪寺では、その意味を「これまで一所懸命働いてくれた針を、こんにゃくに刺して休んでもらう」と説明しています。かたい布や革を何度もくぐってきた針を、最後はやわらかいところで休ませてあげる。そう思って眺めると、あの光景がすこし違って見えてきます。
土地によっては、針を紙に包んで川や海に流したり、神社に納めたりする形もあったそうです。
「事八日」と、針仕事を休む日
2月8日と12月8日は、むかしから「事八日(ことようか)」と呼ばれる日でした。仕事を控えて、家で静かに慎むべき日(物忌みの日)と考えられていた日です。
針供養の日に針仕事を休むのは、この考え方とつながっているのではないか、と辞典では説明されています。ただ、事八日と針供養がどう結びついたのかについては、はっきりした定説はないそうです。
いずれにしても、針供養はもともと、毎日のように針を持っていた人たちが、一年に一度だけ針を置く日でもありました。
淡島さまと、針供養が広まった道すじ
針供養には、淡島(あわしま)さまという神さまがよく登場します。古い針を淡島神社や、淡島さまをまつるお堂に納める例が多いからです。
江戸時代には、淡島さまのご利益を説いて各地を歩いた「淡島願人(あわしまがんにん)」と呼ばれる人たちがいました。浅草寺では、この淡島願人の影響で針供養の習慣が盛んになったと考えられている、と紹介しています。
一方で、江戸時代の終わりから明治にかけて、裁縫を教える学校などを通して定着したという見方もあります。どちらか一つに決まっているわけではなく、広まり方には諸説ありです。
京都・法輪寺と、東京・浅草寺
京都・嵐山の法輪寺(虚空蔵法輪寺)では、2月8日と12月8日に針供養法要があります。公式サイトの年間行事予定では、12月8日は午後1時から。お寺によると、この針供養は皇室で使われた針を供養するようにという天皇の命で始まったといわれ、いまも12月の針供養では、皇室から預かった針の供養をしているそうです。
参拝した人は、こんにゃくに大きな針を刺してお参りします。使い終わった針は法要の当日だけ受け付けていて、注射針などは受け付けていません。
東京・浅草寺では、2月8日に淡島堂で「針供養会(はりくようえ)」が行われます。堂内に用意された豆腐に針を刺して祈り、境内の「魂針供養之塔(こんしんくようのとう)」の前で法要が営まれます。
時間や受付は年によって変わることもあるので、出かける前にお寺の案内を見ておくと安心です。
針を使わない人が、そっと加わるなら
針仕事をしない人にとっては、少し遠い行事に感じるかもしれません。
でも、針供養の真ん中にあるのは、「使ってきた道具に、お礼を言う」という、とてもシンプルな気持ちです。
12月8日に、ずっと使ってきた何かをひとつ手に取ってみる。ボタンを付け直してくれた針でも、毎日のペンでも、すり減った靴でも。「今年もありがとう」と、心のなかで言ってみる。それだけで、小さな針供養になると思います。
お寺の針供養を見に行くなら、豆腐やこんにゃくに刺さった針は、だれかが長く使ってきた大切な道具です。そっと手を合わせて、静かに見守りましょう。
おわりに
折れた針は、ふつうなら捨ててしまうものです。
それを一年に一度、やわらかい豆腐やこんにゃくに休ませて、手を合わせる。針供養は、小さな道具にも「おつかれさま」を言う、日本の暮らしのやさしい一面です。
今年の12月8日は火曜日。帰り道に、使いこんだ道具のことを、少しだけ思い出してみてください。