Zen Words
禅のことば
掛軸の一行、お寺の玄関の札、ふと耳にする四文字。短いことばの出どころと、今日の暮らしでの受け取り方を、一語ずつ。
禅とは
禅は、ひとつの宗派の名前ではありません。坐禅を柱にする仏教のグループで、日本では臨済宗・曹洞宗・黄檗宗の三つを指します。
曹洞宗は坐禅を「只管打坐(しかんたざ)」、ただひたすらに坐ることと説明し、何かの目的のための手段ではないとしています。臨済宗は「公案(こうあん)」、師から与えられた問いと向き合うことを柱にします。入口は違いますが、臨済宗妙心寺派の公式サイトは「根本的宗旨に違いはありません」と書いています。
このページで紹介する「禅のことば」の多くは、中国・唐から宋の時代の禅僧たちの問答や語録に残された短い一句です。茶室の掛軸に掛かることで日本の暮らしに入り、いまでは宗派を越えて、ものの見方を言い表すことばとして使われています。ここでは禅の教義を解説するのではなく、それぞれのことばが一般にどう読まれ、どこに出どころがあるかを、わかっている範囲で書きます。
ことば一覧
26語
日日是好日
にちにちこれこうにち
晴れの日も雨の日も、その日はその日として、まるごと受け取る。
読む →喫茶去
きっさこ
誰が来ても「まあ、お茶をどうぞ」。相手で態度を変えない。
読む →平常心是道
びょうじょうしんこれどう
特別な境地ではなく、ふだんの心のまま。それが道だという。
読む →本来無一物
ほんらいむいちもつ
人はもともと、何ひとつ持たずに生まれてくる。
読む →莫妄想
まくもうぞう
起きていないことを、頭の中で先回りして苦しまない。
読む →看脚下
かんきゃっか(脚下照顧)
遠くを見るより、まず自分の足もと。
読む →柳緑花紅
やなぎはみどり はなはくれない
柳は緑、花は紅。それぞれが、そのままで美しい。
読む →行雲流水
こううんりゅうすい
空をゆく雲、流れる水のように、形にこだわらない。
読む →無事是貴人
ぶじこれきにん
外に何かを求めて走り回らない人が、いちばん尊い。
読む →随処作主 立処皆真
ずいしょにしゅとなれば りっしょみなしんなり
どこにいても、自分が自分の主人でいる。
読む →松無古今色
まつにここんのいろなし
松の緑は、昔も今も変わらない。
読む →一華開五葉
いっけごようをひらく
ひとつの花が五つの花びらを開く。小さな始まりが、広がっていく。
読む →知足
ちそく
足りていることを、知る。
読む →只管打坐
しかんたざ
ただひたすらに、坐る。何かのためではなく。
読む →和敬清寂
わけいせいじゃく
和らぎ、敬い、清らかに、静かに。茶の湯の心とされる四文字。
読む →初心
しょしん
はじめて向き合うときの、まっさらな心。
読む →而今
にこん
過ぎた時間でも、来る時間でもなく、まさに今。
読む →前後際断
ぜんごさいだん
前の瞬間も、後の瞬間も断ち切って、今だけに向き合う。
読む →一期一会
いちごいちえ
この出会いは一生に一度きり。だから、今日を大切に。
読む →放下着
ほうげじゃく
持っているものを、全部おろせ。「何も持っていない」という思いまで。
読む →無
む
「ある」でも「ない」でもない。一文字で、判断の手前を指す。
読む →主人公
しゅじんこう
物語の主役、ではなく、自分の中の本来の自分。
読む →直指人心
じきしにんしん
文字や理屈を通さず、まっすぐに自分の心を指す。
読む →見性成仏
けんしょうじょうぶつ
自分の本性を見きわめること。それがそのまま仏であるという。
読む →不立文字
ふりゅうもんじ
いちばん大事なところは、文字では伝わらない。
読む →啐啄同時
そったくどうじ
ひなが内から、親鳥が外から、同時に殻をつつく。その一瞬。
読む →各語の解釈は、広く共有されている読みの範囲にとどめています。出どころが確定していないものは、その旨を各ページに書いています。