意味
「啐」はひなが卵の内側から殻をつつく音、「啄」は親鳥が外からつつくこと。この二つが同時に起きてこそ、ひなは生まれる。学ぶ側の機が熟することと、導く側の働きかけが、ぴたりと重なる瞬間の大切さを表すことばです。早すぎても遅すぎてもいけない、という話です。
出どころ
『碧巌録』第十六則「鏡清啐啄(きょうしょうそったく)」に由来します。修行僧が「私は内からつつきますから、どうか外からつついてください」と求め、鏡清(きょうしょう)がそれに応じる、という問答で、評唱の中に「啐啄同時」の語が見えます。もともとは師と弟子の間のことばですが、いまでは子育てや指導、人間関係全般に広げて使われています。
今日の暮らしで
後輩や子どもに、つい先回りして殻を割ってしまうことはないでしょうか。相手が内側からつつき始める音を待つ。待つことも、働きかけのうちです。
参考にした資料
- 『碧巌録』第十六則(鏡清啐啄機)
- 全国坐禅会マップ「心に響く禅語20選」 https://zazenmap.jp/articles/zen-words/
このページは禅の教義を解説するものではなく、ことばが一般にどう読まれているかを紹介するものです。解釈は宗派や指導者によって異なります。