2026年9月16日
いけばなの花は、なぜ倒れないの?|剣山・こみわら・亀の花留め——水の下の見えない道具を、はじめての方にやさしく解説

いけばなの写真を見ると、花がすっと立っています。枝は斜めに伸び、草花はうつむき、どれも「そこにいたい角度」で止まっているように見えます。
でも、花は勝手には立ちません。器に水を張って枝を入れれば、ふつうは縁にもたれて倒れます。
だから、いけばなの器の中には、いつも見えない仕掛けがあります。花を留めるための道具で、まとめて花留め(はなどめ)と呼ばれます。
この記事では、その「見えないほう」の話をします。いまいちばんよく知られている剣山(けんざん)の使い方から、剣山が生まれる前の工夫、そして亀や蟹のかたちをした花留めまで。読み終えるころには、いけばなの写真の、水面の下が気になりはじめると思います。
この記事でわかること
- 花留めとは何か、なぜ必要なのか
- 剣山の基本の使い方と、よくあるつまずき
- 剣山が使われはじめたのは、じつは100年ほど前だということ
- それ以前に使われていた、藁や木の枝の花留め
- 亀・蟹・馬具——ものを「見立てて」花を留めてきた話
剣山——針の山に、花を立てる
いちばん身近な花留めが剣山です。金属の台に、太い針を上向きにびっしり植え並べたもの。平たい器に置いて水を張り、その針に茎を挿して花を立てます。
針の数は、思ったより多いものです。池坊の出版・用品を扱う日本華道社の案内では、一般用でおよそ370本、草花用では約610本とされています。剣山には「木もの用」「草もの用」「草木兼用」があり、兼用のものは中心の針が強く、まわりは草花用に細かくなっているそうです。何をいけるかで、針の並びが違うのです。
基本の使い方
池坊の公式サイトでは、剣山の使い方がこう案内されています。
- 水は、剣山が見えなくなるくらいまで。針の山の少し上まで張ります
- 挿すときは、上から下へしっかりと。
- 斜めにしたいときは、いったんまっすぐ挿してから、傾けたい方向へ倒す。
- 茎が細い花は、何本かまとめて挿すか、太い茎を短く切ったものと一緒に挿す
三つ目が、はじめての方がいちばんつまずくところだと思います。斜めの枝は、斜めに刺しているのではありません。まっすぐ立ててから、寝かせている。知っているだけで、剣山との付き合い方がずいぶん変わります。
使い終わったら流水で洗い、針のあいだに挟まった葉や枝は竹串などで取ります。長く使って針が曲がってきたら、「剣山起こし」という専用の道具で起こして直せる、とも案内されています。
剣山は、じつは新顔
「いけばな=水盤に剣山」というイメージは、とても強いものです。けれど、剣山の歴史はいけばなの歴史にくらべてずっと短い。
日本華道社は、剣山が使われ始めたのは「明治の終わりから大正の初め」と言われていると書いています。今からおよそ100年あまり前です。
同じ明治の後半、いけばなには新しい形が生まれていました。1895年に小原流を始めた小原雲心(おはら うんしん)が、平たい器に材料を盛るようにいける盛花(もりばな)を創始したのです。小原流の公式サイトには、こうあります。
いけばなといえば、水盤に剣山というイメージが知られていますが、そのかたちを最初に生み出したのは、小原流です。
口の広い平たい器では、花を器の縁にもたせかけることができません。何もない水の上に、花を立たせる道具が要る。剣山と盛花は、そういう意味で相性のいい組み合わせでした。
ただ、剣山そのものを誰がいつ発明したのかは、この記事では確かな資料までたどり着けませんでした。「明治末から大正初めごろに使われはじめた」と言われている、というところまでにしておきます。
剣山の前は、藁と木の枝だった
では、それより前の人たちは、どうやって花を立てていたのでしょう。
こみわら——藁の束のすき間に挿す
ひとつはこみわらです。藁を束ねて花器の口にぎゅっと詰め、そのすき間に草木を挿していく。藁のすき間が、茎を四方から支えてくれるわけです。いまは天然の藁が手に入りにくいため、代わりになる製品も売られています。
又木・配(くばり)——Y字の枝を渡す
もうひとつは、又木(またぎ)や配(くばり)と呼ばれるものです。Y字になった木の枝を、筒形の花器の口に渡して、その股に枝を留めます。ムクゲなどの枝が使われます。
道具としては、いちばん素朴です。木の枝が一本あるだけ。でも、日本華道社はこれを「中〜上級向け」としています。針が何百本もある剣山と違って、支えてくれる点がほんのわずかしかないからです。枝の重さと向きを読んで、少ない支えでつりあわせる。道具が素朴になるほど、手のほうに求められることが増える。
亀、蟹、馬の轡——「見立て」の花留め
ここからが、花留めのいちばん楽しいところです。
小原流の公式サイトでは、剣山と並んで使われる七宝(しっぽう)という花留めが紹介されています。輪のかたちをした花留めで、家紋に見られる「七宝紋」をヒントに、それをかたどったものだそうです。
そして同じページには、もっと変わった花留めが並んでいます。
- 轡留め(くつわどめ)……馬の口にかませる馬具「轡」を、花留めに転用したもの。流派によっては、その組み方に四十八種の習いがあるとも伝えられているそうです
- 蟹留め(かにどめ)……茶道具の蓋置(ふたおき)に使われていた蟹の姿のものを、花留めにしたもの。二つ置くときは「目と目をにらむように」置き合わせる、といった決まりがあります
- 亀留め(かめどめ)……背中の亀甲模様が穴になっていて、そこに花を挿す。亀は水に住む生きものなので、水辺の植物と取り合わせるのが主だといいます
ほかにも、龍留め、兎留め、鋏留め(はさみどめ)といったものがあると紹介されています。
馬具、茶道具、はさみ。もともと花のための道具ではなかったものを、花を留める役に「見立てて」使ってきた。そして亀には水の花、というふうに、留める道具と花のあいだにも意味の糸を渡している。水の中に沈んで、ほとんど見えないところまで、きちんと遊んでいるのです。
ちなみに、いまの小原流では、七宝などの花留めは花材で自然に隠すよう指導されているそうです。見えなくなるように置く道具に、これだけ手をかけてきた。そこに、いけばなの面白さがよく出ていると思います。
今日、花留めにそっと触れるには
いちばん手軽なのは、小さな剣山をひとつと、浅めの器をひとつ用意することです。家にある深皿でも始められます。そのとき、池坊の案内のとおり「まっすぐ挿してから倒す」を試してみてください。枝一本でも、立った瞬間はちょっとうれしいものです。
剣山を選ぶときは、器の口の大きさを測ってから。枝ものが中心か、草花が中心かも、ひと言お店に伝えると選びやすくなります。
そしてもうひとつ。展覧会やお店でいけばなを見る機会があったら、花ではなく、器の口もとを見てみる。剣山が見えるか、藁が見えるか、何も見えないか。見えないなら、きっと誰かが上手に隠しています。
流派によって何を美しいとするかの違いについては、いけばなの流派の記事でくわしく書きました。
おわりに
いけばなの本を開くと、写真に写っているのは花だけです。けれど、その花がそこに立っていられるのは、水の下で誰にも見られない道具が、じっと支えているからです。
藁の束、Y字の枝、何百本もの針、それから亀と蟹。見えないところほど、工夫が深い。
次に花を一輪飾るとき、器の底のことを少しだけ考えてみてください。花がどこで立っているかを知ると、花の見え方も、少し変わるはずです。
参考にした情報
- 池坊公式 全国のいけばな教室検索サイト「剣山の使い方とは?正しく理解してお家で楽しく生け花しよう」(水は剣山が見えなくなるくらいまで入れる/上から下へとしっかりと挿す/斜めに生けたい場合は垂直に挿してから傾けたい方向へ倒す/茎が細い花材は複数の茎をまとめて挿すか、太い茎を短く切って一緒に挿す/使用後は流水で洗う/剣山ぼうき/剣山起こし)
https://lesson.ikenobo.jp/ikenobomedia/kenzan/ - 日本華道社(池坊フラワーショップ 花楽)「剣山の選び方」(一般用は約370本、草物用は約610本の針/号数は直径のcm/木もの・草もの・草木兼用〈兼用は中心部の針が強い材質〉/使われ始めたのは明治の終わりから大正の初めと言われている/大正時代に改良され現在の姿に近いものができたと考えられる)
https://www.kadosha.co.jp/view/page/kenzan.html - 日本華道社(池坊フラワーショップ 花楽)「生け花における花留め」(剣山=金属の台に太い針を上向きに植え並べたもの/こみわら=藁を花器口へ入れ、その隙間に草木を挿していく/又木・配=Y字状の木を花器口に入れ草木を留める、ムクゲなどを用いる、中〜上級向け/石穴/七宝)
https://www.kadosha.co.jp/blog/ikebana_hanadome/ - いけばな小原流 公式サイト「いけばな豆ちしき Vol.2『花留め』」(小原流では剣山と七宝が主に使用される/七宝は家紋の七宝紋をヒントにかたどったもの/轡留め=馬具の轡を転用、組み方に四十八種の習いがあるとも伝えられる/蟹留め=蟹の姿の蓋置を花留めにしたもの、「目と目をにらむように」置き合わせる/亀留め=背中の亀甲模様が穴、水物花材を取り合わせる/龍留め・兎留め・鋏留め)
https://www.ohararyu.or.jp/email_newsletter/mamechishiki-vol2.html - いけばな小原流 公式サイト「小原流について」(盛花=平たい器〈水盤〉を用いて材料を盛るように面的な広がりを強調したいけばな/水盤に剣山というイメージのかたちを最初に生み出したのは小原流/1895年創始/小原雲心は1861年松江生まれ)
https://www.ohararyu.or.jp/about/
剣山の発明者と正確な時期については、この記事では一次資料で確認できませんでした。日本華道社の「明治の終わりから大正の初めと言われている」という記述にとどめています。轡留めの「四十八種の習い」は、小原流公式サイトでも「伝えられている」と書かれている伝承です。花留めの呼び名や使い方は流派によって異なりますので、習っている方は先生の指導を優先してください。