2026年9月7日
いけばなの流派って、何がちがうの?|池坊・小原流・草月流を、はじめての方にやさしく解説

いけばなを習ってみようかな、と思って調べはじめると、だいたいここで手が止まります。
池坊。小原流。草月流。龍生派。嵯峨御流——。
流派が、たくさんある。
しかも、どう違うのかがよくわからない。同じ「花をいける」ことのはずなのに、なぜ分かれているのか。どれかを選ばないと始められないのか。選び間違えたら、どうなるのか。
——たいてい、ここで一度あきらめます。
今日はその手前の話をします。先に結論だけ書いておきます。流派の違いとは、「何を美しいと決めたか」の違いです。そして、はじめての方が選び間違える、ということは、ほとんど起きません。
この記事でわかること
- いけばなの「流派」とは、そもそも何なのか
- 日本にいくつあるのか(そして「三大流派」という言い方の正体)
- 池坊——自分を「流派」と呼ばない、いちばん古いところ
- 小原流——「水盤に剣山」というあの形を、最初に生み出したところ
- 草月流——型から出るために作られた流派
- 三つを並べると、何がちがって見えるか
- はじめての方が、どうやって選べばいいか
そもそも「流派」とは何か
いけばなの流派とは、ざっくり言うと二つのものが合わさったものです。
- 型(かた)の体系——どんな形を美しいとするか。花をどう立て、どこに置き、何本使うか
- 教える組織——家元がいて、先生がいて、教室があり、進み具合に応じた資格(お免状)が出る
つまり流派とは、「美しさの決めごと」と「それを伝える仕組み」がセットになったものです。
では、いくつあるのか。
公益財団法人日本いけばな芸術協会(1966年設立)という団体があります。ここに加入している流派は、232流派。会員数は3,250名です(令和7年12月31日現在)。
ただし、これは「協会に加入している数」であって、日本にある流派の総数ではありません。加入していない流派もありますから、実際にはもっと多いことになります。
いずれにせよ、三つや四つの話ではないということです。数百の単位で、それぞれの「美しい」がある。
「三大流派」という言い方について
それでも、いけばなの話をするとき、池坊・小原流・草月流の三つがまとめて挙げられることがよくあります。「三大流派」という言い方です。
ここは正直に書いておきます。これは公式な区分ではありません。どこかの機関が「この三つを三大流派とする」と定めているわけではなく、規模や知名度から慣用的にそう呼ばれている、という程度のものです。
ですので、この記事でも「代表的な三つ」以上の意味は持たせません。ほかの流派が劣るという話ではまったくないことを、先に置いておきます。
そのうえで、この三つはいけばなの歴史のうごきが、いちばんはっきり見える三つでもあります。順に見ていきます。
池坊(いけのぼう)——「流」をつけない、いちばん古いところ
まず、池坊です。
京都のまんなかに、六角堂(ろっかくどう)——正式には紫雲山頂法寺というお寺があります。聖徳太子が創建したと伝えられるお寺で、「いけばな発祥の地」と呼ばれています。
池坊は、この六角堂の住職を代々務めてきた家です。室町時代、寺の実務を担う執行(しゅぎょう)だった池坊から、専慶(せんけい)・専応(せんのう)といった人が出て、いけばなが成立していく時期に大きな役割を果たしました。
ここで、ひとつ気づいてほしいことがあります。
池坊は、「池坊流」と名乗りません。
公式には「華道家元池坊」。「流」も「派」もつけない名前です。そして自らを「いけばなの根源」と呼びます。
——なぜ「流」をつけないのか。その理由をはっきり説明した公式の文章を、今回は見つけられませんでした。ですのでここでは、そう名乗っているという事実だけを置いておきます。ただ、この名前の付け方そのものが、いけばなの中での池坊の立ち位置を、よく表しているようには見えます。
池坊のいけばなには、三つの様式があります。
- 立花(りっか)——室町時代に成立した、最も古い様式。多種多様な草木を使って、大自然の風景を表現します
- 生花(しょうか)——江戸時代に成立した様式。1〜3種類の花材で、草木が地に根を張って生きている姿を表現します
- 自由花(じゆうか)——定まった型はなく、草木の形や質感に目を向けながら、文字どおり自由にいける様式です
大自然の風景から、一本の草が根を張る姿へ、そして型のない自由へ。五百年以上かけて増えてきた三つの引き出しが、そのまま残っている——池坊とは、そういう場所です。
小原流(おはらりゅう)——あの「いけばならしい形」を作った
次に小原流です。ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところかもしれません。
まず、想像してみてください。「いけばな」と聞いて、頭に浮かぶ絵を。
——浅くて平たい器に、水が張ってあって、そこに花が挿してある。器の底には、針がびっしり立った金属の重り。
たぶん、そんな絵ではないでしょうか。あの平たい器を水盤(すいばん)、針の道具を剣山(けんざん)といいます。
小原流の公式サイトには、こう書かれています。「いけばなといえば、水盤に剣山というイメージが知られていますが、そのかたちを最初に生み出したのは、小原流です」。
つまり、私たちが「いけばならしい」と思っているあの形は、いけばな五百年の歴史のなかでは、かなり新しいものだということになります。
流祖は小原雲心(おはらうんしん、1861〜1916年)。幕末の1861年、島根県松江の陶芸家の家に生まれました。大阪で彫刻家として活躍したのち、体をこわしたことをきっかけに、いけばなの道へ移ります。
時代は明治。西洋の文化と、それまで日本になかった西洋の草花が入ってきていました。ところが、当時のいけばなの型は、そうした花をいけるようにはできていません。
そこで雲心は、彫刻家としての経験を生かして、西洋草花をいけるための水盤や鉢そのものを考案します。そして生まれたのが盛花(もりばな)——平たい器を使い、材料を「盛る」ように、面的な広がりを強調していけるスタイルです。
ここが決定的な転換でした。それまでのいけばなは、立てるものでした。立花も生花も、上へ伸びる線でつくる表現です。盛花はそこに面という方向を持ち込みました。花を、平らに広く見せることができるようになった。
創流は1895年とされています(公式表記)。当時のいけばな界にとって、野の草花や異国の花に美を見出すこの動きは、かなりの衝撃だったと公式サイトは記しています。
今日、生け花教室でも、駅前の花屋の店先でも見かけるあの水盤の姿は、百三十年ほど前に、ひとりの元・彫刻家が考えた新しい形なのです。
草月流(そうげつりゅう)——型から出るために作られた
三つめが草月流です。
創流は1927年。初代家元は勅使河原蒼風(てしがはらそうふう、1900年生まれ)。父もいけばなの師匠という家に生まれ、幼いころから花を教わって育ちました。
けれど蒼風は、形式が主体になっていた当時のいけばなに疑問を持ちます。そして父と別れ、自分の流派を立てました。それが草月流です。
草月流の考え方は、この言葉に集約されます。
「いつでも、どこでも、だれにでも」
いつでもいけられる。どこでもいけられる。誰にでもいけられる。そしてどのような素材を使ってもいい。花でなくてもかまいません。枝も、金属も、紙も、草月流では素材になります。
もうひとつ、初代家元の言葉があります。
「花はいけたら、人になる」
いけばなには、いけた人の心がそのまま映る。だからいけあがった花は、その人自身になる——という意味です。この言葉が、草月いけばなの原点とされています。
おもしろいのは、「型から自由になる」ために、あえて流派という形をとったという点です。型を否定するだけなら、組織を作る必要はありません。それでも流派として立てたのは、自由な表現もまた、教えて伝えられるものだと考えたから——そう受けとると、腑に落ちるところがあります。
ちなみに草月流は、2027年に創流100周年を迎えます。
三つを並べてみる
整理します。
- 池坊……五百年以上。立花・生花・自由花という三つの様式が積み重なって残っている。草木が自然のなかで生きている姿を写す
- 小原流……1895年創流。水盤に盛る「盛花」で、線に加えて面の表現をひらいた。西洋の草花も受けとめた
- 草月流……1927年創流。型よりも個性。素材も場所も選ばない
ただし、ここでやってはいけない読み方があります。
「古い流派ほど堅苦しく、新しい流派ほど自由」——この読み方は、正確ではありません。
いちばん古い池坊にも、型のない自由花という様式があります。逆に、自由を掲げる草月流にも、学ぶ順番があり、テキストがあり、資格の段階があります。
三つの違いは、新しい・古いではなく、何をいちばん大事にしているかの違いです。自然の姿か、器のうえの構成か、いける人の個性か。どれかが正解ということはありません。
では、はじめての方は、どう選べばいいか
ここまで読んで、「で、結局どれ?」と思われたと思います。
拍子抜けするかもしれませんが、いちばん確かな答えを、小原流の公式サイトが初心者向けに書いています。
「ご自宅の近くや職場の近くなど通いやすいところの教室に、まずは体験レッスンを申し込んでみませんか?」
そして、確認することとして挙げられているのが——お稽古代のこと、レッスンの曜日、先生との相性。
流派の思想より先に、通いやすさと相性が来ています。これは、いけばなを続けるうえで実際にいちばん効いてくるところだと思います。
もう少し補っておくと、こんな順番になります。
- まず、通える範囲にどの流派の教室があるかを見る。各流派とも公式サイトに教室検索があります
- 体験レッスンに行ってみる。手ぶらで参加できる教室もたくさんあります
- その日いけた花と、先生の雰囲気で決めていい。思想で選ばなくてかまいません
そして、いちばんお伝えしたいこと。
途中で流派を変えることも、できます。やめられない契約でもなければ、他を学んだら裏切りになる世界でもありません。合わないと思ったら、別のところへ行けばいい。それだけのことです。
おわりに
もう一度まとめます。
- 流派とは、「何を美しいとするかの決めごと」と「それを伝える仕組み」がセットになったもの
- 日本いけばな芸術協会には232流派が加入している(それが総数ではない)
- 池坊は最古。「流」をつけず「華道家元池坊」と名乗り、立花・生花・自由花の三様式をもつ
- 小原流は1895年創流。「水盤に剣山」というあの形を最初に生み出したのがここ
- 草月流は1927年創流。「いつでも、どこでも、だれにでも」。素材を選ばない
- 「古い=堅い、新しい=自由」ではない
- 選ぶときは、思想より通いやすさと先生との相性から
232の流派があるということは、232通りの「美しい」があるということです。
ひとつの花を前にして、これだけ多くの答え方が生まれ、しかもそのどれもが消えずに残っている。いけばなという文化のいちばん豊かなところは、たぶんそこにあります。
だから、流派を選ぶというのは、正解を選ぶことではありません。どの声で、花と話してみるかを選ぶことです。
近所の教室のガラス越しに、水盤がひとつ見えたら。それは百三十年前に誰かが考えた形が、いまも使われているということです。そこから始めても、じゅうぶんです。
参考にした情報
- 華道家元池坊 公式サイト「池坊について」(いけばなを茶道や香道のように「道」としてとらえる場合「華道」と呼ぶ/「流」「派」をつけず「華道家元池坊」と称する/立花=室町時代に成立した最も古い様式、多種多様な草木により大自然の風景を表現/生花=江戸時代に成立、1〜3種類の花材で草木が地に根を張り生きる姿を表現/自由花=定まった型はなく自由にいける様式)
https://www.ikenobo.jp/ikebanaikenobo/ - 華道家元池坊 公式サイト「いけばな発祥の地 六角堂と池坊の関係」(聖徳太子が創建したと伝えられる六角堂〈頂法寺〉は池坊が代々住職を務め「いけばな発祥の地」と呼ばれる/室町時代、六角堂の執行として寺の実務を担っていた池坊から専慶・専応らが出て華道家元の地位を確立した)
https://www.ikenobo.jp/ikebanaikenobo/rokkakudo/ - いけばな小原流 公式サイト「小原流について」(1895年に創始/流祖・小原雲心は1861〜1916年、幕末の1861年に島根県松江の陶芸家の家に生まれ、大阪で彫刻家として活躍後にいけばなへ転身/西洋文化の流入のなか彫刻家としての経験から西洋草花をいける水盤や鉢を考案し、これまでにない形式・盛花を創始/盛花=平たい器〈水盤〉を用いて材料を盛るように面的な広がりを強調したいけばな/「いけばなといえば、水盤に剣山というイメージが知られていますが、そのかたちを最初に生み出したのは、小原流です」)
https://www.ohararyu.or.jp/about/ - いけばな小原流 公式サイト「いけばなを始めよう」(「ご自宅の近くや職場の近くなど通いやすいところの教室にまずは体験レッスンを申し込んでみませんか?」/「お稽古代のこと、レッスンの曜日、先生との相性など確認をしてみてください」/手ぶらで気軽に参加できる教室も多い)
https://www.ohararyu.or.jp/beginners/ - いけばな草月流 公式サイト「草月とは」(1927年創流/初代家元・勅使河原蒼風が形式主体のいけばなに疑問を持ち「個性」を尊重した自由な表現を求めたことに始まる/「いつでも、どこでも、だれにでも」/どのような素材を使ってもいけられる/「花はいけたら、人になる」=いけた人の心がそのまま映し出され、いけた人そのものとなる)
https://www.sogetsu.or.jp/about/ - いけばな草月流 公式サイト「歴代家元紹介:蒼風」(1900年、いけばな師匠・勅使河原久司の長男として生まれる/幼少期から花を教わり、当時の形式主体のいけばなに疑問を持ち、父と別れて1927年に草月流を創流)
https://www.sogetsu.or.jp/about/iemoto/sohu/ - いけばな草月流 公式サイト「いけばな草月流は創流100周年を迎えます」
https://www.sogetsu.or.jp/events/sogetsu100/ - 公益財団法人 日本いけばな芸術協会 公式サイト「概要」(1966年設立/加入流派232流派/会員数3,250名〈令和7年12月31日現在〉)
https://www.nihonikebana.or.jp/overview/ - 公益財団法人 日本いけばな芸術協会 公式サイト「加入流派」(加入流派一覧〈令和7年12月31日時点〉をPDFで公開)
https://www.nihonikebana.or.jp/school_list/
「三大流派」は慣用的な呼び方で、公式に定められた区分ではありません。池坊が「流」「派」をつけずに名乗る理由については、それを明示した公式の説明を確認できなかったため、この記事では事実の記述にとどめています。小原流の創流年は公式表記の1895年を採用しました(1910年に「小原式国風盛花」を名乗って花会を開いたことを画期とする記述も見られます)。剣山という道具そのものの考案者については特定していません。小原流公式が述べているのは「水盤に剣山というかたちを最初に生み出したのは小原流である」ということです。加入流派数・会員数は令和7年12月31日現在の数字で、今後変わります。