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2026年9月10日

茶筅(ちゃせん)とは?|一本の竹から160本の穂へ。「八十本立」の80が、じつは半分でしかない話

茶筅(ちゃせん)とは?|一本の竹から160本の穂へ。「八十本立」の80が、じつは半分でしかない話

抹茶を点(た)てるときに使う、あの道具。

白くて、先がふさふさしていて、泡立て器のように見えるもの。名前を茶筅(ちゃせん)といいます。

はじめて見た方の多くが、たぶん、こう思います。「細い竹ひごを、束ねて留めてあるんだろうな」と。

ちがいます。

茶筅は、はじめから終わりまで、竹が一本です。束ねてもいないし、接いでもいない。一本の竹を、割って、割って、割りつづけた結果が、あの形です。

今日はその「割りつづける」話をします。読み終わるころには、茶碗のなかで揺れているあの道具が、少し違って見えるはずです。

この記事でわかること

  • 茶筅は組み立てものではない、という話
  • 「八十本立」の80は、じつは半分の数でしかないこと
  • いちばん難しい工程の名前が「味削り」であるわけ
  • 茶筅は120種類ある。でも最初の一本はほぼ決まっていること
  • 竹を伐るのは冬、という理由
  • 日本の茶筅の9割以上が、ひとつの町で作られていること
  • 500年ものあいだ、作り方が秘密だったという伝承
  • 使ったあと、どうすればいいか

1. 先に結論——茶筅は「組み立てていない」

裏千家の初心者向けの解説では、茶筅はこう説明されています。

抹茶(まっちゃ)を点(た)てるための竹製の道具です。流儀によって、用いる竹の種類や形状が異なります。

短いですが、大事なことが2つ入っています。竹製であること。そして流儀(流派)によって形がちがうこと。

ここでは先に1つめを見ていきます。竹製、というより、竹一本製です。

穂(ほ・細い先の一本一本)は、根元でつながっています。別々の部品を集めて糸で縛ったのではなく、一本の筒だったものが、先のほうだけ細かく裂かれている。だから穂は抜けませんし、逆に、一本折れたら元には戻せません。

茶筅が消耗品であることの理由は、ぜんぶここにあります。

2. 一本の竹が、160本になるまで

奈良で茶筅を作っている竹茗堂(ちくめいどう)が、工程を写真つきで公開しています。そこに書かれている手順を、順番に追ってみます。

まず、皮をむいた竹を、大割包丁で半分に割ります。

更に半分、半分と十六割まで大割包丁を入れ、穂先となる部分を作ります。

半分、半分、半分、半分。これで16。ここまでは、まだ太い竹の板です。

そのあと、その16片の一つひとつに、さらに包丁を入れます。

次に十六割の一片ごと十分割に大小交互に包丁を入れます。

16 × 10 = 160。ここで出てくる数字が、じつは茶筅を選ぶときに見る数字とつながります。

お店で「八十本立(はちじゅっぽんだて)」と書かれた茶筅を見かけたことがあるかもしれません。この「80」が何の数なのか。竹茗堂の説明にはこうあります。

外側の太い部分が80本、内側と合わせ合計160本の穂先の原型を作ります。

80というのは、外から見えている分だけの数でした。

「大小交互に」割るのは、そのためです。太い穂と細い穂を交互に作り、太いほうを外へ、細いほうを内へ。外側の80本が茶を混ぜ、内側の80本が泡を細かくする——という二層構造が、一本の竹の中に作られていきます。

茶筅をのぞきこむと、中にもう一重、内側を向いた穂の輪があるのが見えます。買ってきたときに気づかないのがふつうですが、いちど気づくと、もう見ないではいられません。

3. いちばん難しい工程の名前は「味削り」

割ったあとは、削ります。

穂先部分を温湯で煮て、先に行くほど薄くなる様に慎重に削って行きます。

湯で煮るのは、竹をやわらかくして割れないようにするためです。そのうえで、先へ行くほど薄くなるように、小刀で内側から削っていく。

この工程の名前が、いいのです。味削り(あじけずり)といいます。

茶の味はこの味削りに依って変わると言われる茶筌作りで一番難しい工程です。

国の伝統的工芸品を紹介する「伝統工芸 青山スクエア」の解説にも、同じことが書かれています。

茶筌の味削りという工程のでき具合により、お茶の味が微妙に異なります。

穂の薄さが、しなり方を決めます。しなり方が、泡の細かさを決めます。泡の細かさが、口に入ったときの舌ざわりを決める。だから、削りの工程に「味」という名前がついている。

道具の工程名が、道具そのものではなく飲んだ人の感覚を指している。茶筅づくりのいちばん面白いところだと思います。

削ったあとは、へらで内側へ反らせて形をつけ(しごき)、茶が挟まらないよう穂の角を面取りし、木綿糸で編んで、内穂と外穂の高さをそろえて仕上げます。青山スクエアの説明では、この一連が8工程とされています。すべて手作業です。

4. 種類は120。でも、最初の一本はだいたい決まっている

ここまで読んで「じゃあ買ってみようか」と思った方に、先に安心していただきたいことがあります。

茶筅の種類は、たしかに多いです。青山スクエアの解説では、こうなっています。

高山茶筌は120種類もあり、茶道の流派と、薄茶用、濃茶用、献茶用、野点用、茶箱用等の用途によって、素材や形、穂の数等が異なります。

120種類。穂の数も、資料によって幅がありますが、青山スクエアは60本〜240本、生駒市の公式サイトは60〜120本と書いています(用途や流派による幅を、どこまで数えるかの違いだと思われます)。

ただ、はじめの一本については、答えはかなりはっきりしています。奈良県の紹介ページには、こうあります。

濃茶用と薄茶用に大別(中略)80本立が最も多く作られています

ふだん飲む抹茶——お茶会でいう薄茶(うすちゃ)、水の量が多くさらっとしたほう——なら、白竹の八十本立。これが、いちばん作られていて、いちばん手に入りやすく、いちばん泡立てやすいものです。

穂が多いほうが、湯と粉がよく混ざり、泡が細かくなります。少ない穂数(数穂・かずほ など)は、粉が多くて重い濃茶(こいちゃ)を練るためのもの。初心者が濃茶を点てる機会は、まずありません。

竹の色も3種あります。白竹(しらたけ/淡竹=はちく)、煤竹(すすだけ)、黒竹(くろちく/紫竹=しちく)。裏千家の解説にあったとおり、どれを使うかは流儀によって変わります。「どの流派がどの竹」という対応表もよく出回っていますが、各流派の公式サイトで確かめられたものではないので、この記事では具体名を書きません。

お稽古に通う予定があるなら、買う前に先生に一言きく。それがいちばん確実で、いちばん早いです。まだどこにも通っていないなら、白竹の八十本立で困ることはありません。

5. 竹を伐るのは、冬

材料の話もしておきます。奈良県の紹介ページに、材料の条件がまとまっています。

冬期に伐採し、油抜き、天日乾燥した淡竹・黒竹・真竹(3年もの)を使用

短い一文に、条件が4つ入っています。

  • 冬に伐る——竹の水分と養分がいちばん少なくなる時期です。虫がつきにくく、割れにくい
  • 油抜き——火や湯で竹の油分を抜く。これで青竹が白くなり、長もちする
  • 天日乾燥——そのまま外で干す
  • 3年もの——若すぎるとやわらかく、古すぎると硬い。3年前後の竹が使われる

つまり、今日削られている竹は、少なくとも3年前に生えたものです。伐られたのは冬。乾かされて、やっと削られる。抹茶ができるまでの話と同じで、茶席の道具はどれも、席に出る何年も前から始まっています。

6. 日本の茶筅は、ほとんど一つの町で作られている

これを知ったとき、いちばん驚きました。

茶筅の産地は、奈良県生駒市高山町(いこまし・たかやまちょう)。生駒市の公式サイトには、こうあります。

その国内生産のシェアは、全国の90%以上を占めています。

日本じゅうの茶室で使われている茶筅の9割以上が、この一つの町から出ている。高山茶筌(たかやまちゃせん)と呼ばれ、1975年(昭和50年)5月10日に、国の伝統的工芸品に指定されています。

(「茶筅」と「茶筌」、字が2つあります。どちらも同じものを指しますが、高山では「筌」の字を使うのがふつうです。この記事では一般的な「茶筅」で通し、産地の呼び名だけ「高山茶筌」としています。)

同じ生駒市のサイトに、職人さんの言葉が載っています。

一日7本の茶筌を完成させて一人前と言っています。

一日に、7本。

同じページには「起きてから寝るまでが職人の仕事で、一日14時間くらい作業にあてるんです」という言葉も並んでいます。14時間で7本。単純に割れば、一本に2時間です。

茶筅の値段を見て「竹なのに高いな」と思ったことのある方——たぶん、この数字がその答えです。

7. 500年、秘密だった

ここからは、確かなことと確かでないことが混じります。先に断っておきます。

高山で茶筅づくりが始まったのは室町時代の中ごろとされ、生駒市も奈良県も「500年の歴史」と紹介しています。起源については、地元にこう伝わっています。

室町時代中期、高山領主の子息が、茶道の創始者でもある村田珠光の依頼によって作ったものが始まりです。

高山竹林園(生駒市の施設)の解説では、その子息の名を宗砌(そうぜい)とし、依頼したのはわび茶の祖とされる村田珠光(むらた・じゅこう)、時の天皇がその出来ばえに「高穂(たかほ)」の名を与えた、と伝えています。

ただし、これは各地の解説で語りつがれてきた由来であって、同時代の史料で裏づけられたものではありません。この記事では「そう伝えられている」以上には書きません。

いっぽうで、確かなこともあります。作り方が長いあいだ公開されていなかったことです。高山竹林園の解説には、こうあります。

秘伝としての言いつけを固く守り一子相伝の伎として、生まれて性を名乗る男子以外には、茶筌の制作を許すことはありませんでした

一子相伝——一人の子にだけ伝える。技術を家の外に出さない。そしてこの制度が崩れた理由が、なんとも人間くさいのです。人手が足りなくなったから。守りきれなくなって、秘伝は公開されました。

いま高山では、茶筅のほかに茶杓(ちゃしゃく)、柄杓(ひしゃく)、花器、香合といった竹の茶道具も作られています。茶室に置かれている竹のものの多くが、この町から来ている、ということになります。

8. 使ったあと、どうすればいいか

最後に、実用の話を少しだけ。産地や茶舗が共通して案内しているのは、次の3つです。

  1. 洗剤とたわしは使わない。水かぬるま湯のなかで振り洗いして、落ちない粉は指でそっと。食洗機は論外です
  2. 形を保ったまま乾かす。そのまま置くと穂先がすぼまってくるので、「くせ直し(茶筅休め)」という陶器の台に挿して、直射日光の当たらない風通しのよいところで乾かす
  3. 乾いてからしまう。湿ったまま筒に入れるとカビます

それでも、いつかは穂が折れます。折れた穂は、つなげません。一本の竹から裂いて作ったものなので、そこだけ交換するということができない。使えば減っていく道具です。

茶道具のなかで、茶筅は少し特別な位置にいます。茶碗は何百年も伝わります。茶杓には銘がつき、箱書がつき、大切にされます。けれど茶筅は、使って、傷んで、役目を終える。長もちしないことを前提に作られている道具です。

それでも一本に2時間かけて、8つの工程を手で通してから作られている。そこが、この道具のいちばん静かなところだと思います。

おわりに

まとめます。

  • 茶筅は組み立てものではなく、一本の竹を割り、削り、編んだもの
  • 16割 → さらに10分割で160本。「八十本立」の80は、外側だけの数
  • いちばん難しい工程は味削り。穂の薄さが、泡の細かさと舌ざわりを決める
  • 種類は120。ふだんの薄茶なら白竹の八十本立で十分
  • 竹は冬に伐った3年もの。油を抜き、天日で乾かしてから削る
  • 国内の9割以上が奈良県生駒市高山製。1975年に国の伝統的工芸品に指定
  • 一日7本で一人前。一本におよそ2時間
  • 消耗品。折れた穂は直せない

今日できることを、ひとつだけ。

次に抹茶を点てるとき、あるいはお店で誰かが点ててくれるとき、茶筅を上からのぞきこんでみてください。外側の穂の内側に、もう一重、内を向いた穂の輪があります。

それが、一本の竹だった証拠です。


参考にした情報

  • 裏千家 公式サイト「はじめてのお茶」/茶道具(茶筅=抹茶を点てるための竹製の道具/流儀によって竹の種類や形状が異なる)
    https://www.urasenke.or.jp/textb/shiru/beginer/dougu.html
  • 伝統工芸 青山スクエア「高山茶筌」(指定年月日 昭和50年5月10日/120種類/穂は60〜240本/味削りでお茶の味が異なる/現在8工程/室町時代中期・村田珠光の依頼という由来)
    https://kougeihin.jp/craft/0625/
  • 竹茗堂 久保左文「高山茶筌ができるまで」(大割・十六割・十分割/外側80本と内側を合わせて160本/味削りが一番難しい工程/しごき・面取り・下編・上編・腰並・仕立)
    https://chikumeido.com/flow
  • 奈良県「高山茶筌」(冬期に伐採・油抜き・天日乾燥した淡竹/黒竹/真竹の3年もの/濃茶用と薄茶用/80本立が最も多く作られている)
    https://www.pref.nara.lg.jp/n101/1381.html
  • 生駒市「コラム:誇りをかけて守る伝統産業 〜高山の茶筌づくり」(国内生産シェア90%以上/一日7本で一人前/一日14時間/竹は高山近辺や近郊から調達)
    https://www.city.ikoma.lg.jp/html/keikan_masterplan/2-3-2c.html
  • 生駒市「生駒市の伝統産業」(500年の歴史/用途や流派によって60〜120本の穂先/茶杓・柄杓・花器・香合などの竹の茶道具)
    https://www.city.ikoma.lg.jp/0000002709.html
  • 生駒市高山竹林園「高山の歴史」(室町幕府8代将軍足利義政の時代/高山城主の次男 宗砌/村田珠光/「高穂」の名/秘伝・一子相伝/人手不足による公開)
    https://www.tikurinen.jp/history
  • 手入れの方法(振り洗い/洗剤・たわし・食洗機を避ける/くせ直しに挿して陰干し/乾いてから収納)は、産地の製造元および茶舗の案内に共通する内容をまとめました
    https://chikumeido.com/09_chadougu-maker-kokunai/ / https://www.senkien.jp/blog/chadougu_howtocare

高山茶筌の起源(宗砌・村田珠光・「高穂」の命名)は各地の解説で伝えられてきた由来であり、同時代の史料で確認されたものではありません。この記事では確定した史実として扱っていません。穂の本数の幅(60〜240本/60〜120本)も資料によって異なります。流派ごとの竹の種類の対応は、各流派の公式資料で確認できなかったため記載していません。