Knowing what is enough

知足

ちそく

足りていることを、知る。

意味

「足るを知る」。今あるもので十分だと知ること、と説明されます。がまんや、あきらめとは区別されることが多く、「もっと」を追いかける前に、いま手の中にあるものの量を正しく見る、という感覚に近いことばです。京都・龍安寺の「吾唯足知(われただたるをしる)」の手水鉢で知っている方も多いかもしれません。

出どころ

仏教の経典『仏遺教経(ぶつゆいきょうぎょう)』に「知足の人は、地上に臥すといえども、なお安楽なり」という一節があり、ここから広まったとされます。禅宗に限らず仏教全般で用いられることばで、中国の古典『老子』にも「足るを知る者は富む」という似た表現があります。

今日の暮らしで

買い物かごに入れる前、予定をもうひとつ足す前に、「これは足りていないから足すのか、足りているけど足すのか」と一度だけ聞いてみる。それが知足の入口です。

参考にした資料

  • 『仏遺教経』(知足の法)
  • 『老子』第三十三章「知足者富」

このページは禅の教義を解説するものではなく、ことばが一般にどう読まれているかを紹介するものです。解釈は宗派や指導者によって異なります。