意味
どんな場所、どんな状況にあっても、自分が自分の主人としてそこに立てば、立っている場所がすべて真実の場になる、という意味で読まれます。「主」は、人の上に立つことではなく、環境や他人に心を振り回されないこと。「ここは自分の居場所ではない」と思う場所でも、まず主体として立つ、ということです。
出どころ
『臨済録』示衆の中のことばです。「随処に主と作れば、立処皆な真なり」。臨済義玄が修行者に向けて語った説法の一節で、前後には、外に向かって求める心をやめよ、という話が続いています。
今日の暮らしで
望んだ配属ではなかった、望んだ町に住んでいない、そういうときに。場所が自分を決めるのではなく、自分の立ち方が場所を決める。異動や引っ越しの前後に、何度も読み返す人が多いことばです。
参考にした資料
- 『臨済録』示衆
このページは禅の教義を解説するものではなく、ことばが一般にどう読まれているかを紹介するものです。解釈は宗派や指導者によって異なります。