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日本の心・ことばの記事一覧

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「生きがい」とは?|4つの円の図は2014年生まれ——日本の生きがいは、もっと小さくて、いくつあってもいい

「生きがい」とは?|4つの円の図は2014年生まれ——日本の生きがいは、もっと小さくて、いくつあってもいい

海外で「IKIGAI」と一緒に広まった、4つの円が重なる図。じつはあの図は2014年に海外のブログで生まれたもので、日本語の「生きがい」はもう少しささやかな言葉…

「もったいない」とは?|惜しんでいるのは「物」ではありません——3つの意味と、世界語MOTTAINAIになるまで

「もったいない」とは?|惜しんでいるのは「物」ではありません——3つの意味と、世界語MOTTAINAIになるまで

ごはんを残したとき、まだ着られる服を捨てるとき、思わず出る「もったいない」。じつはこの言葉には3つの意味があり、いちばん古い意味は「惜しい」ではありませんでした…

「もののあはれ」とは?|かなしい、という意味ではありません——ため息から生まれた言葉と、千年つづく「秋か春か」の言い争い

「もののあはれ」とは?|かなしい、という意味ではありません——ため息から生まれた言葉と、千年つづく「秋か春か」の言い争い

日が落ちるのが少し早い。とくに何もないのに「ああ」と思う。日本語はその「ああ」に名前をつけました。もののあはれです。感嘆詞「ああ」と「はれ」から生まれた成り立ち…

「間(ま)」とは?|何もない時間が、いちばん働いている——門のすきまの月から、世阿弥の「せぬ所」まで

「間(ま)」とは?|何もない時間が、いちばん働いている——門のすきまの月から、世阿弥の「せぬ所」まで

会話がふっと止まる瞬間、太鼓が打たれない一拍、花と花のあいだ。日本語はその「何もないところ」を間(ま)と呼んできました。門のすきまに月を描いた漢字の成り立ち、柱…

禅(ZEN)とは?|「坐禅は習禅には非ず」——上手い坐禅も、へたな坐禅もないという話

禅(ZEN)とは?|「坐禅は習禅には非ず」——上手い坐禅も、へたな坐禅もないという話

世界に届いた「ZEN」は、静けさやミニマルの記号になりました。いっぽう日本の禅寺では、朝3時半に起きて掃除をして托鉢に出ています。禅とはそもそも何なのか。曹洞宗…

日本庭園は、どう見ればいい?|枯山水・借景・露地——「正解のない庭」を、はじめての方にやさしく解説

日本庭園は、どう見ればいい?|枯山水・借景・露地——「正解のない庭」を、はじめての方にやさしく解説

白い砂に線が引いてあって、石がいくつか置いてある。木は一本もない。きれいなのはわかるけれど、何を表しているのかがわからない——日本庭園の前で、そう思ったことはあ…

侘び寂びとは?|「つらい」「さびしい」から生まれた日本の美意識を、はじめての方にやさしく解説

侘び寂びとは?|「つらい」「さびしい」から生まれた日本の美意識を、はじめての方にやさしく解説

侘び寂びは、完璧ではないもの・古びていくもののなかに美しさを見つける心。じつは「侘び」も「寂び」も、もともとはネガティブな言葉でした。茶の湯が育てた侘び、俳句が…

一期一会とは?|茶室で生まれた「一生に一度の出会い」の言葉を、はじめての方にやさしく解説

一期一会とは?|茶室で生まれた「一生に一度の出会い」の言葉を、はじめての方にやさしく解説

「一期一会」は、一生に一度きりの出会いを大切にする心を表した言葉。ふるさとは茶の湯の世界です。千利休の教えから、弟子・山上宗二の記録、幕末の大名・井伊直弼が四字…